最近、
The postmarksを色々な所でプッシュしたく、
どーしたものかとその点に専ら腐心している者です。
こんにちわ。
取り敢えずmixiコミュに105人しかいない、
そんな現状は絶対損だと思う。
...誰がって、世界が。
"知られてない"だけを理由に評価されないのは変なんだゼ!
でも見えないものは求めようがないですからね。
ぁー。なんて広報局員らしい意見なんでしょう。
こんにちわ。
それか、山崎まさよしですねー。
いやぁ・・・
歌詞がストーカーまがいだし、声はねちっこくて気持ち悪いし、
総じてなよなよした雰囲気がうざったるいけど、
"新聞の隅に何を期待してんだよ!"とか笑い飛ばしつついっそ引いてしまいたくとも
...でもそう云ったボロボロな弱さに共感してしまう自分がいて。
とにかく最高なんだと思います。
1ヶ月後には、新歓も本格化してますね。
コレは多分1番自分がAGEでやりたかった事に近い。
"イベントを作りたい"よりも
"凄い可能性を持った奴らを、世に示し、個人に刺激を与えたい。"みたいな。
単純に自分が、
AGEはじめすげぇー活動的な大学生の姿をblogを通じて知って、
6月に受験勉強を始めてから2/24まで買い物や遊びは2回のみ、それも予備校の合い間を縫って行った、睡眠時間は連日4時間、とか
そんな生活の中で
リフレッシュっつーか奮起の為の息抜きが、
予備校帰りに電車の中で見るblogだった訳ですから。
...まぁ、当時見ていた3つのうち1つは更新停止してしまっているけど。
受験に関して、
自分の選択は間違ってなかったと思うし(試験は失敗したけど)、
だからこんな経験てか刺激をもっと他の人に示してみたいなぁ、みたいな。
そーゆー理由で広報局ですものね。
冒頭で用いた表現を使えば、AGEは「見せ」ていくに十分足る活動体に違いないのだから、ってゆー確信のもと。
だけども、やっぱ今の状況だとちょい発信性が弱いのかなぁーて思うたり。
質だか量だか範囲だか力だか、
何だろか。ねぇ。
ま、話変わって、
さてさて僕思うに
イベント→非日常
FP→"イベント"等、非日常を「冷凍保存」したもの
WEB→イベントやFP等への入口、
って認識してます。かなり雑な切り捨て方してるので、
勿論違う意見はあるでしょうけど。自分自身こんな言い方されたら反論する。
さてさて、それに対して、
新歓とゆーのは
"日常"を売りにする訳です。
大学生活、という大きなくくりの中での「学外活動」、
がその意味での「AGE」が商品になる訳ですからね。
遊びに誘うのとプロポーズするのとの差?
んーちょい違うか。
そして、日常というのは
"AGEという日常"は何よりAGEスタッフ自身が最も身を浸しているものですので、
逆を言えばこれを敢えて「理解」したり「"有形"な表現をする」というのは間違いなく難しいだろうな、と。
...それに対する1つのソリューションに、
僕の起こしたプロジェクトがなるといいなぁと思ふのですよ。
少なくともこの手法の持つポテンシャルに限って言えば、それを達成するのに大きく貢献できる見込みはあるものと信じています。
例えば、合宿でもエンタメでも何でも良いけど、
或いはイベントだって間違いなくそーだけども、
僕らはそれらにまつわる話を聞いた時に、その意味を理解するのは容易い。
が、外から見たら絶対に(容易いと云うのは)違うんじゃない?みたいな。
謂わば"AGEイズム"みたいなバックボーンを共有してるからこそ
初めて理解されうるものなのだ、と考えてるのです。
AGEの1つ得意とする"茶番""不毛"に関しては当然、
ぃゃイベントも同じ問題、困難性を孕んでいるのだよ、と。
例えば広報局MTGでは、
「"武道館"でイベントをやる、果たしてその事が新入生を始めとした外部に与え得るインパクトとは?」
みたいな議論をしたなぁーと思い返されます。
もっと言えば、"1万人を動かしてイベントやるっす"とか言っても
恐らくピンとこないだろーし。
...それを、"自らの手でやりたい"と思わせる程の興味を喚起するーってのがねぇ。
でもやっぱ、AGEにいる人らにとっちゃ
"武道館でやるよ"ってその事の有難さみたいなのは
もーその言葉だけで痛い位共有される、、ハズ。
だから、
その(内と外の)「視線」やら「価値観」やらのギャップを埋めるってのを目指すのが、
対社会的なフィールドにおいて「AGE」という文脈を完成させる1つの手法であろう、と。
んで、その為の視点=AGEイズムみたいなものに立って眺めれば
イベントも合宿もエンタメもスタッフそれぞれの個性も
行間から染み渡らんばかりにどんどんと味わい深いものになるのでは?的な感じです はい。
んで、この"AGE"を理解させるための文脈を
外から見た場合にどのような説明をすれば届くか、という
この局単位で言えば広報局が抱える課題、
これについてガチで向き合うという経験は、
他局=発信メディアを持つ局(渉外含む)=ビジョンやらエモーションやらを目に見える形に落とし込む活動をしている局が
その活動していくにあたって、ともすればパラダイムシフトとでも呼べるような、
重要かつ重大な刺激を得られるんじゃないかなぁーって思うのですが。個人的には。
まぁ
普段イベントやその他メディアを介して自己表現を行っている団体だからこそ、
こー言って良ければそれらに甘えてるからこそ、
"自分自身・そのものを語る事"ってのは
もしかしたら、ですけど戸惑うのかな?的な。分からぬですけど。
んーでも、
この経験を通じて得た視点は
例えばAGEの活動において打ち立てたコンセプト、それを受信者に対して説得力を持つような形で落とし込む
とゆー必然な作業をする時の、大きなヒントになるのじゃないでしょうかねぇ、、
何か学年MTGなどに参加してて
新歓を、単純に"新入生を入れるため"と捉えてるよーな違和感を感じていて。。。
何でわざとそーやって低い所に目標設定するのかなぁ!!
単に動く数字の大きさを喜ぶ事より、
ぃゃもっと大きい意味で、直接的な意味で、
新歓ってゆー活動はAGEにとってやりがいのある事じゃないのか?と思うのです。
折角なんだから、全ての機会において成長する事に血眼になっても良いのじゃないでせうか。
徹底的に「受信者」のインサイトに立つ=自分らの事を冷静に見つめ直す、"何を目指しているのか"に(客観的な)説得力を持たせる、
そんな契機に出来たら、と。
そーゆー思いから
今回のような戯言を書かせて頂きました。
以上、きわめて私的な視点です。
The postmarksを色々な所でプッシュしたく、
どーしたものかとその点に専ら腐心している者です。
こんにちわ。
取り敢えずmixiコミュに105人しかいない、
そんな現状は絶対損だと思う。
...誰がって、世界が。
"知られてない"だけを理由に評価されないのは変なんだゼ!
でも見えないものは求めようがないですからね。
ぁー。なんて広報局員らしい意見なんでしょう。
こんにちわ。
それか、山崎まさよしですねー。
いやぁ・・・
歌詞がストーカーまがいだし、声はねちっこくて気持ち悪いし、
総じてなよなよした雰囲気がうざったるいけど、
"新聞の隅に何を期待してんだよ!"とか笑い飛ばしつついっそ引いてしまいたくとも
...でもそう云ったボロボロな弱さに共感してしまう自分がいて。
とにかく最高なんだと思います。
1ヶ月後には、新歓も本格化してますね。
コレは多分1番自分がAGEでやりたかった事に近い。
"イベントを作りたい"よりも
"凄い可能性を持った奴らを、世に示し、個人に刺激を与えたい。"みたいな。
単純に自分が、
AGEはじめすげぇー活動的な大学生の姿をblogを通じて知って、
6月に受験勉強を始めてから2/24まで買い物や遊びは2回のみ、それも予備校の合い間を縫って行った、睡眠時間は連日4時間、とか
そんな生活の中で
リフレッシュっつーか奮起の為の息抜きが、
予備校帰りに電車の中で見るblogだった訳ですから。
...まぁ、当時見ていた3つのうち1つは更新停止してしまっているけど。
受験に関して、
自分の選択は間違ってなかったと思うし(試験は失敗したけど)、
だからこんな経験てか刺激をもっと他の人に示してみたいなぁ、みたいな。
そーゆー理由で広報局ですものね。
冒頭で用いた表現を使えば、AGEは「見せ」ていくに十分足る活動体に違いないのだから、ってゆー確信のもと。
だけども、やっぱ今の状況だとちょい発信性が弱いのかなぁーて思うたり。
質だか量だか範囲だか力だか、
何だろか。ねぇ。
ま、話変わって、
さてさて僕思うに
イベント→非日常
FP→"イベント"等、非日常を「冷凍保存」したもの
WEB→イベントやFP等への入口、
って認識してます。かなり雑な切り捨て方してるので、
勿論違う意見はあるでしょうけど。自分自身こんな言い方されたら反論する。
さてさて、それに対して、
新歓とゆーのは
"日常"を売りにする訳です。
大学生活、という大きなくくりの中での「学外活動」、
がその意味での「AGE」が商品になる訳ですからね。
遊びに誘うのとプロポーズするのとの差?
んーちょい違うか。
そして、日常というのは
"AGEという日常"は何よりAGEスタッフ自身が最も身を浸しているものですので、
逆を言えばこれを敢えて「理解」したり「"有形"な表現をする」というのは間違いなく難しいだろうな、と。
...それに対する1つのソリューションに、
僕の起こしたプロジェクトがなるといいなぁと思ふのですよ。
少なくともこの手法の持つポテンシャルに限って言えば、それを達成するのに大きく貢献できる見込みはあるものと信じています。
例えば、合宿でもエンタメでも何でも良いけど、
或いはイベントだって間違いなくそーだけども、
僕らはそれらにまつわる話を聞いた時に、その意味を理解するのは容易い。
が、外から見たら絶対に(容易いと云うのは)違うんじゃない?みたいな。
謂わば"AGEイズム"みたいなバックボーンを共有してるからこそ
初めて理解されうるものなのだ、と考えてるのです。
AGEの1つ得意とする"茶番""不毛"に関しては当然、
ぃゃイベントも同じ問題、困難性を孕んでいるのだよ、と。
例えば広報局MTGでは、
「"武道館"でイベントをやる、果たしてその事が新入生を始めとした外部に与え得るインパクトとは?」
みたいな議論をしたなぁーと思い返されます。
もっと言えば、"1万人を動かしてイベントやるっす"とか言っても
恐らくピンとこないだろーし。
...それを、"自らの手でやりたい"と思わせる程の興味を喚起するーってのがねぇ。
でもやっぱ、AGEにいる人らにとっちゃ
"武道館でやるよ"ってその事の有難さみたいなのは
もーその言葉だけで痛い位共有される、、ハズ。
だから、
その(内と外の)「視線」やら「価値観」やらのギャップを埋めるってのを目指すのが、
対社会的なフィールドにおいて「AGE」という文脈を完成させる1つの手法であろう、と。
んで、その為の視点=AGEイズムみたいなものに立って眺めれば
イベントも合宿もエンタメもスタッフそれぞれの個性も
行間から染み渡らんばかりにどんどんと味わい深いものになるのでは?的な感じです はい。
んで、この"AGE"を理解させるための文脈を
外から見た場合にどのような説明をすれば届くか、という
この局単位で言えば広報局が抱える課題、
これについてガチで向き合うという経験は、
他局=発信メディアを持つ局(渉外含む)=ビジョンやらエモーションやらを目に見える形に落とし込む活動をしている局が
その活動していくにあたって、ともすればパラダイムシフトとでも呼べるような、
重要かつ重大な刺激を得られるんじゃないかなぁーって思うのですが。個人的には。
まぁ
普段イベントやその他メディアを介して自己表現を行っている団体だからこそ、
こー言って良ければそれらに甘えてるからこそ、
"自分自身・そのものを語る事"ってのは
もしかしたら、ですけど戸惑うのかな?的な。分からぬですけど。
んーでも、
この経験を通じて得た視点は
例えばAGEの活動において打ち立てたコンセプト、それを受信者に対して説得力を持つような形で落とし込む
とゆー必然な作業をする時の、大きなヒントになるのじゃないでしょうかねぇ、、
何か学年MTGなどに参加してて
新歓を、単純に"新入生を入れるため"と捉えてるよーな違和感を感じていて。。。
何でわざとそーやって低い所に目標設定するのかなぁ!!
単に動く数字の大きさを喜ぶ事より、
ぃゃもっと大きい意味で、直接的な意味で、
新歓ってゆー活動はAGEにとってやりがいのある事じゃないのか?と思うのです。
折角なんだから、全ての機会において成長する事に血眼になっても良いのじゃないでせうか。
徹底的に「受信者」のインサイトに立つ=自分らの事を冷静に見つめ直す、"何を目指しているのか"に(客観的な)説得力を持たせる、
そんな契機に出来たら、と。
そーゆー思いから
今回のような戯言を書かせて頂きました。
以上、きわめて私的な視点です。