4月というきらめく時分の終末、太陽高度の上昇が意識されて、この陽気が必要以上の眠けを誘い活動意欲を削ぐこと削ぐこと。とりあえず新歓が一段落つき、昨日の登録会では100名以上の新入生がAGEに入ることになったわけで、このブログの担当ローテーションの動向が今一番の関心ごとです。
さて、春の暖気にあてられた胡乱な頭で書くのは独り言。大学生活を1年経験しただけの未熟が書く独り言です。
ここで、AGEに入ると得られるものを『』とする。
『』は測定できない箱の中の猫のような概念で、有無が判別できないもの。ただそういうもの。個人次第の千変万化に加えて獲得可不可も定かでないから。
説明会では、AGEに入っただけで自分が成長したり何かを得られるわけではなく、それは常に自分次第であると、そんな話もされた。けれど少なからずAGEに入ると、おもしろピープルとの沸騰的出会いが約束されていると思うから、メリットはある。逆接を連ねて、当然金銭・時間のコストはかかる。これはAGEに限ってのことではないけれど、とりわけタスクによってはテスト期間等が考慮されなかったりして、タイムコストに関してはシビアなものだ。
と、こんなのは常套句で。
いつかのどこかのだれかの文章で、今いる組織の現状を考えて電卓を弾いてみて、それにかかるコストに見合った価値を自分が獲得しているのかどうか、を考えてみようってのがあった。損得勘定の命題だからまあ易しいが、ここで提示したいのは果たして現AGEがそのような二元論を考える前提に据え置ける組織であるのか否か。(二元論なんて高尚の空論、くだらないったらないとは思うけど、質問自体がそれだから看過する。) だって代表が「日本を元気にする」とか叫んでて、しかも本気かよ。って感じの団体で、あのイベント直前当時に代表の熱情が全員に感染していくさまとか見ると、もうこれは天秤のキャパを超えていると思うんだ。ギャンブルとも、怖いものみたさともまた違う、いったいAGEってなんなんだ、と。学祭JACKのあの日、損得勘定で動いてる人ってあまりいなかったんじゃないかな、と。
まあそんなことを思っておいて、自分がこの1年できちりと『』を定義づけることができたのは幸いだった。ただ呆けることに精一杯だった昨年の今ごろ、あの頃から4年間続くであろうと思われた日常の空隙をまず埋めたのがAGEだったことは認めざる負えないし。AGEを知ったのは運が良かった。『』を見つけられたのは重ねて運が良かった。あと、かつて怠惰の具現とも呼ばれていたこともあったりした自分だったけれど、責任発生が必定で半端を許さないこの環境は確かに自分の身になったとも思われる。あとあと、それに犠牲はあっても、やっぱりやりかけでイーゼル蹴倒すなんて貧乏性の自分には無理だったりするな。
と、要旨梗概はとくにない瑣末事が浮かんでは消える2008年最後の4月の午後でした。
さて、春の暖気にあてられた胡乱な頭で書くのは独り言。大学生活を1年経験しただけの未熟が書く独り言です。
ここで、AGEに入ると得られるものを『』とする。
『』は測定できない箱の中の猫のような概念で、有無が判別できないもの。ただそういうもの。個人次第の千変万化に加えて獲得可不可も定かでないから。
説明会では、AGEに入っただけで自分が成長したり何かを得られるわけではなく、それは常に自分次第であると、そんな話もされた。けれど少なからずAGEに入ると、おもしろピープルとの沸騰的出会いが約束されていると思うから、メリットはある。逆接を連ねて、当然金銭・時間のコストはかかる。これはAGEに限ってのことではないけれど、とりわけタスクによってはテスト期間等が考慮されなかったりして、タイムコストに関してはシビアなものだ。
と、こんなのは常套句で。
いつかのどこかのだれかの文章で、今いる組織の現状を考えて電卓を弾いてみて、それにかかるコストに見合った価値を自分が獲得しているのかどうか、を考えてみようってのがあった。損得勘定の命題だからまあ易しいが、ここで提示したいのは果たして現AGEがそのような二元論を考える前提に据え置ける組織であるのか否か。(二元論なんて高尚の空論、くだらないったらないとは思うけど、質問自体がそれだから看過する。) だって代表が「日本を元気にする」とか叫んでて、しかも本気かよ。って感じの団体で、あのイベント直前当時に代表の熱情が全員に感染していくさまとか見ると、もうこれは天秤のキャパを超えていると思うんだ。ギャンブルとも、怖いものみたさともまた違う、いったいAGEってなんなんだ、と。学祭JACKのあの日、損得勘定で動いてる人ってあまりいなかったんじゃないかな、と。
まあそんなことを思っておいて、自分がこの1年できちりと『』を定義づけることができたのは幸いだった。ただ呆けることに精一杯だった昨年の今ごろ、あの頃から4年間続くであろうと思われた日常の空隙をまず埋めたのがAGEだったことは認めざる負えないし。AGEを知ったのは運が良かった。『』を見つけられたのは重ねて運が良かった。あと、かつて怠惰の具現とも呼ばれていたこともあったりした自分だったけれど、責任発生が必定で半端を許さないこの環境は確かに自分の身になったとも思われる。あとあと、それに犠牲はあっても、やっぱりやりかけでイーゼル蹴倒すなんて貧乏性の自分には無理だったりするな。
と、要旨梗概はとくにない瑣末事が浮かんでは消える2008年最後の4月の午後でした。